2021-08-09
《ネコ好きはネコろがる》Midori陶猫展 ――あなたを見つけて この手に抱き上げる
Midoriの猫道
滋賀県出身のMidoriは20年前に台湾に来てからやきものを始めた。自然と手が動き初めて触る土は大好きな猫の形になった。今回の展示では作者の20年間の心の軌跡を辿ることができる。それは台湾とそこに住む自分とが対話しながら模索しながら形作ってきた道程だ。
最初は簡単な小さな手びねり猫だった。それから少しずつ模様を付けるようになり、思うように手で形を作れるようになってくると中型大型の陶猫の制作を始めた。画家の夫が油絵を描いている時に下塗りの技法を見る機会があり、絵の具を塗り重ねることで生まれる効果にすっかり魅了された彼女は、油絵の色の重ね塗りや筆の跡を立体的な造形の上に再現したいと思った。様々な絵の具を試し、陶猫に色を塗り重ねていったが、満足のいく出来にはならなかった。何かが足りないと思いながらそれが何か閃かなかった。ある時、茶芸館を営む夫が作りかけの猫の背中に茶葉の形のレリーフを彫って、これは烏龍茶猫、烏龍猫だと言った(中国語の「烏龍」には「うっかり」「ドジ」「失敗」という意味がある)。Midoriはその時その猫が自分にそっくりだと感じた。いつも行き当たりばったりで失敗ばかりだけれど、それでもその失敗は新しい何かを生み出してきた。人生は辛く短い。バカは得難し。彼女は怖いもの知らずで思うままに自分を生きて来た。遠く海を越えて日本からやって来て、ブロークンな中国語で台湾に溶け込み、台湾に根を下ろしここまで来た。彼女は生きている証を色にして陶猫1匹1匹に塗り重ねていく。作っては色を塗り、色を塗っては模様を描く。すべてが豊かで充実していた。
子供たちが大きくなり、異国の地が故郷になっていくにつれて、彼女の作る猫にも変化が現れてきた。もともとちょこんと行儀よくお座りしている姿ばかりだった猫が、足を伸ばし、歩き出し、花を抱え、茶碗を持つ。大きく伸びをし、足を投げ出して寝転がる。その足は太く、木の根のように大地をしっかりと踏みしめる。そして、塗り重ねていた色が徐々に薄くなり、色を塗らず土の色そのままのところが増えて来た。余白がだんだん広がった。
以前の作品は手びねりにしろひもづくりにしろタタラにしろ、作り手との距離があまりにも近すぎる、と彼女は感じ始めた。手で直接作り上げられた作品には指や掌の跡が残り、作り手の体温が感じられる。そこで彼女は自分と作品を引き離そうと試みた。第三者の目から作品を検証し創作する。そうして誕生したのが型抜き製法シリーズだ。
まず型を作る。そこに調合したどろどろの土を流し込む。固まって十分に乾燥するまで待って型から取り出す。同じ型から取り出した作品は同じように見えても、肉眼でもはっきりわかる違いを持っている。貼り合わせた跡はサンドペーパーで指にひっかからないように丁寧に磨いていくが、線は残す。薄く透明釉をかけると、どっしりと重みのある猫の置物のように見えるが、見かけよりデリケートできめ細かい。そんなギャップが、一目見ただけでは味わいつくせない作品にしている。作品と作り手と観る者との間にはつかず離れずの距離が保たれている。
Midoriの猫道はすでに形づくられた。華やかに繰り広げられる舞台を作者はいつも高いところから眺めて、必要な時に手を加え、必要な時に整える。
それって、猫っぽい。